序 文
聖書の原文は、旧約のほとんどがヘブライ語で、新約がギリシア語で書かれました。 これを文字どおり人類の書とするために、古来、無数の翻訳が行われ、わが国においても昔から、各種の翻訳が行われてきました。
私たちは、今、このような形で、プロテスタント、カトリック両教会の共同事業として、「聖書 新共同訳」を公にすることができたことを深く感謝しています。
カトリック教会とプロテスタント諸教会とは、歴史に明らかなように、教理上幾つかの点で主張を異にするものとして、相並んで存在してきました。ところが、しばらく前から、さまざまの見解の相違にもかかわらず、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識が深まり、この認識に基づく両教会共同の作業としての聖書翻訳が、世界の各地で行われるようになりました。
わが国においても一九六九年に、聖書の共同翻訳に関する最初の会合が持たれて以来、その実現を目指して各種の委員会が設置されました。
翻訳委員会が実際に、その作業を開始したのは三年後のことでしたが、一九七五年には「ルカスによる福音」、そして、一九七八年には全新約聖書の翻訳が完了し、刊行され、その後、引き続いて「詩編(抜粋)」「ルツ記」「ヨナ書」「ヨブ記」等、旧約の諸書が分冊として出版されました。聖書全巻の翻訳を待たないで、このような出版がされたのは、それによって読者の反響を待ち、これを全巻に反映させたいとの意図によるものでした。
翻訳を始めるにあたって、幾つかの基本方針を定めました。すなわち、できるかぎり、原文を完全に再現するために、忠実であり、正確であること、固有名詞表記も、原文の発音に近いものにすること等でした。しかし作業を進めて行く段階で、更に、聖書にふさわしい権威、品位を保持した文体であること、既に一般によく知られ、用い慣らされた用語などは、むしろそれを踏襲した方がよいのではないか等の反省も加味されるようになりました。
果たして完全な翻訳がありうるかと問われたならば、その答えは、否、でありましょう。ましてや、委員たちが直面したのは神の言葉である聖書であります。こうして翻訳は思わぬ時を費やし、刊行の期日は幾度も変更され、今日に至った次第です。
今回の「聖書 新共同訳」において特筆すべき点の一つは、神聖なるお方に対して敬語を用いたということ、今一つは、従来、日本聖書協会が発行してきた旧新約全巻としての聖書とともに、「旧約続編」をも入れた版と二種類の版を刊行したことであります。
旧約続編は従来、第二正典、アポクリファ、外典などと呼ばれてきたもので、紀元前三世紀以後、数世紀の間に、ユダヤ人によって書かれたものです。それらは、現在のヘブライ語の聖書の中には含まれていませんが、初期のキリスト教徒は、これをギリシア語を用いるユダヤ教徒から聖なる書物として受け継ぎました。この部分についてのカトリック教会の評価は定まっていますが、プロテスタント諸教会の間では必ずしも一定していません。
邦語訳聖書の歴史も、既にかなりの歳月を経過しました。最初、一五四九年、イエズス会のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した時、彼はラテン語の聖書とともに、日本語訳の「マタイ福音書」の一部分を持って来たと伝えられています。その後、一六一三年ころには、カトリックの宣教師たちによる邦訳新約全書が京都で刊行されたと記録されています。
プロテスタントの側としては一八三七年に刊行された、ギュツラフの「ヨハネ福音書」の「ハジマリニ カシコイモノゴザル」がよく知られています。幕末にいたってJ・C・ヘボン、S・R・ブラウン等が来日し、いずれも聖書の邦訳に努力しました。一八八〇年にはヘボンを中心とする「翻訳委員社中」による「新約聖書」が刊行されました。このほかにも、バプテスト教会版新約聖書、ハリストス正教会版新約聖書もあります。その後、聖書協会の改訳聖書を経て、戦後には各種の口語訳聖書が刊行されて現在に至っています。
日本聖書協会が一八八七年、最初の旧新約聖書を出版して満百年、奇しくも、この記念の年にプロテスタント、カトリック共同翻訳の聖書を、愛する同胞にお届けする運びとなりました。
なお私どもが、今回の翻訳をことさら「新共同訳」としたのには、次の三つの理由があります。
第一は、新約聖書の部分が、一九七八年に出版した、「新約聖書 共同訳」に対し、全く新しい翻訳といえるほどに大幅改訂の加えられたものになったということであります。第二は、旧・新約を通ずるすべての人名・地名の日本語表記に、新しい方式がとられたことであります。すなわち、固有名詞を、基本的には、「原音」で表記するという現代の方法を聖書にも導入しつつ、他方で一般の「慣用」が定着した一部の人名等については、これを尊重するという新しい方針を、一九八三年に取り決め、それによる表記を実施しました。第三に、原文と訳文との間のかかわり方や、日本語の文体など翻訳上の方針を、発足当初に志向したところから、教会での典礼や礼拝にも用いられるのにふさわしいものとする方向へと改め、その点にそって翻訳が行われた点でも、新しい共同訳聖書となったと考えています。
志を起こさせ、これを実現に導いてくださった神の御名を限りなく賛美したく存じます。
終わりに、この「聖書 新共同訳」の刊行のために、祈りをもって関係者の全員を支え、また、貴い献げ物をもって、その実現を可能にしてくださったすべての方々に心よりの感謝を申し上げます。
神が、いまここにささげられた聖書を祝福し、同胞の救いのために用いたまいますように。
一九八七年九月
共同訳聖書実行委員会